朝駆け

日々、感じたことを自由に書きます。

REQUESTAGE2020中止を受けて。


予想していたことでも、いざ実際に発表されると凹んでしまう。人間はめんどうだ。

仕事に心を折られた後のお昼休み。スマホツイッターを見るとリクステ中止のツイートが目に入った。KANA-BOONの公式がお知らせしてくれていた。

予想はしていたのだ。「ダメだろうな」と思っていた。緊急事態宣言が出されている中で、自粛要請が出ているライブを行うなんて出来るわけがない。何度も言おう。分かってはいたのだ。企業側としても、ミュージシャン側としても進めることができないだろうということに。

しかし実際に中止と言われると凹んでしまう。気持ちが沈んでしまう。リクステは何度も行ったことがあるが、どれだけ規制退場を行ったとしても、最寄駅でとても混雑してしまうのだ。簡単に想像がつく。「せやんな」と1人歩道でつぶやいたが、その少し後に涙を流してしまった。別に誰に見せるわけでもない涙である。もし涙くんの自己顕示欲がとても強かった場合、私は彼の希望を満たせなかっただろう。その場合はとても申し訳なく思うが、私が泣いてる姿を他人に見せようか見せまいが私の勝手である。涙くん申し訳ない。涙くん、君の意思は関係ないのである。

COVID-2019の影響でたくさんのイベントが中止になった。その度に誰かが謝る。イベンターやアーティストが謝る姿を見て「謝らんでええのになあ」と思っていた。今も実際にそう思っている。そう思っているのに、実際に中止だと言われると凹むのである。めんどうだ。


最近読んだ本の中で、

「緊急でないが重要なこと」が人生の栄養になる

という文章があった。他人がどうかは知らないが、少なくとも私にとって音楽は心の支えになっている。もちろん音楽を聴くことでお腹いっぱいにはならない。そういう点で、音楽は無力である。お腹をいっぱいにすることもできないし、なくてもその人の人生は進んでいくだろう。だが、私にとっては重要であり、人生の栄養素なのである。

ライブに行くと「許されている」気持ちになる。毎日の暮らしを監視されているというわけではない。ライブ会場という空間に人が集まること、音楽を楽しむ為にお金を払い、そこに赴くということがとても幸せなことだと、心の底から私は思っているのだ。そんな幸せな空間に集まって、時間を過ごすことが許される世界であってほしい。そんな世界が続いて欲しいのだ。

中止や延期のイベントは更に増えていくだろう。人間は自分が関わることだと、どうしても楽観的に考えてしまいがちだ。でも運営側が最後まで催行することを諦めないのであれば、どうすれば出来る限り安全に催行できるのか考え続けてくれるのであれば、私はその意志をちゃんと受け止めたいし、応援したい。その上で自分がどうするかを考えて、答えを出したいのだ。それが悔しくて泣いてしまうような答えだとしても。

やっぱり、倒したいよな。