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朝駆け

日々、感じたことを自由に書きます。

アジカン名古屋公演中止を受けて

アジカンの名古屋公演が、数曲演奏の後に中断された。
先日振替公演の日程も発表された。今回この記事を公開することに関して、悩んだ。誰かを攻撃したいわけでもない。ただ、実際ライブに参加していた人間は全体を考えると一握りである。このことに関して気持ちを書く自由も、書かない自由もある。そして読む人が、読まない自由もある。
ただ、私はライブに参加したうちの一人として気持ちを述べたい。

まず、リハーサルの件について話したい。
普段はリハーサルは聴きたくない派の人間である。俗にいう「ネタバレするやつ殺すマン」だ。本気で殺すわけではもちろんないが、可能な限りライブ本番まで情報を遮断したいのである。しかし、今回のツアーに関しては、大阪2公演を鑑賞、セットリストや大阪公演以外のアンコールも知っている。
アンコール曲は変動があるかもしれないが、名古屋の日に関しては「リハーサル聞こえてもいいかな」という気持ちであった。グッズを購入する為の待機列がライブハウスの側面に伸びており、私もそこに並んだ。そこがめちゃめちゃ「音漏れよく聴こえるスポット」であった。
普段のライブであればリハの音が聞こえていても「リハなんかな?それとも販促用のCDかな?というかなんの曲やろ?」くらいに感じるものである。しかし、このスポットはめちゃめちゃ聞こえる。恐らくではあるが、並んでる人の中で一番聞こえやすかったのではないかと思う。ステージから近かったのだろう。めちゃめちゃ聞こえる。近づいたらさらに聞こえる。
私は大阪公演のセットリストを知っているので、「聞こえるな〜」と思いながら待機していた。しかし、大阪公演ではしていない曲を演奏していたのである。驚いた。それと同時に「どういうことなんだ?」と感じた。「もしかしたら、大阪公演とはセットリストが変わるのか?」「名古屋公演のタイミングで変えることある?せめてホール公演を区切りに変えるやろ」「珍しいけどアンコールってこともあるかな?」混乱しつつもそれっぽい理由を探していた。「ま〜びっくり枠ってのは何個あってもええか」と楽天的に考えようとした。

もう一つの疑問が生まれた。
「リハーサル曲の少なさ」である。これは普段からそうだと言われれば杞憂になるのだが、曲数が少なかった。
アジカンくらいになるとフルセトリでリハをしないのかもしれない」「リハをしておきたい曲だけやるのかも」等、考えたが大阪のセトリを聴いてるとあまりにも短く感じた。だが、販促用CDがかかり出したこと、列が動き出し音漏れよく聴こえるスポットから移動したこと、リハについて普段と比較ができないことを考えると杞憂かもしれない。

開演し、ライブが始まる。GUGのステージがかっこよく、バンド然とした姿を見たからこそ、アジカンのステージへの期待がとても高まっていた。

1曲目が終わり、2曲目が始まる。不調なのは明らかだった。3曲目が始まり、曲が止まる。

何かをスタッフと話して、その後私たちに向かって話をしてくれた。
「昨日高熱が出たこと」「今日は下がったのでライブをしたこと」「GUGとライブがしたかったこと」「これ以上ライブを続けるのは難しいこと」
予定していた曲とは違う2曲を演奏してくれた。

「ああ、そういうことだったんだな」と思った。
喉の調子が悪いことは分かっていて、対策をしていた。そして本番は歌えるだろうと考えていたということだ。
実際に大阪公演では、中盤にかけてブーストがかかったように感じられたし、過去の経験からいけると考えたのだろう。今回はそうではなかったけれど。
一ファンとしての気持ちを述べるなら、あんなにしんどそうなゴッチは見たくなかった。歌を歌っている姿、演奏している姿がとても輝いているのがバンドマンなのに、見れば見るほど胸が痛くなった。
公演前に延期にしてくれた方が辛そうなゴッチ見ずに済んで、不安そうなメンバーを見ることもなくてよかったかもしれない。それがずっと私が考えていたことだった。その気持ちが消えなくて、本来なら聴けて嬉しい曲に対しても、胸が高鳴ることはなかった。気持ちの切り替えができないまま、ライブは終わってしまった。

名古屋公演で私のサーフブンガクカマクラツアーは終わる予定だった。しかし、今回の件でそれが終わらないこと、延びたことについては嬉しいことだった。
そして名古屋でフォロワーさんに会えたことも、美味しいものを食べられたことも、ライブ前に素晴らしい時間を過ごせたことも、とても嬉しいことだった。だが、「あんな辛そうに歌うゴッチをみるなら公演中止にしてほしかった」という気持ちには勝てなかった。
そこがどうしても変えられなかった。

セットリストを知っていても、既にライブに参加していても、また参加したくなるのは、そこに彼らがいるからである。心がとてつもなく高鳴り、音楽を通して、時間を共にするのが楽しいからである。
世間的には考えれば、アーティストの方が知名度があり、お金をもらう立場だ。「有名なアーティストだから見てみたい」という感情が生まれることだってあるだろう。
しかし、私はアーティストがファンを無下にしている姿を見たことがない。少なくともアジカンにはない。そこには感謝があり、時には気恥ずかしさがあり、なにより音楽を共に楽しもうとする友達のような空気感が存在していると思っている。

使い古された言葉ではあるが、全ての人がまた集まるライブは、その日にしかないのだ。それが分かっているからこそ、「公演をやり遂げたい」と努力する。もちろん起こらなければ良かったことではあるが、私も相手も人間である。
相手よりも私自身の気持ちを重要視してしまう。どんなに綺麗な言葉を並べても、感じたことが全てだ。私にはまだ「公演をやり遂げたい」と努力した、彼らの意志を尊重できる余裕がない。
振替公演が無事に終われば、区切りはつくだろうか。