朝駆け

日々、感じたことを自由に書きます。

6月1日、彼女の夢が叶いますように。

久しぶりに外食をした。

「こんな時期に外食なんておかしい!」だとか「何を考えているんだ!」とか、そういう意見を持つ方もいると思う。思うのは自由だし、勝手なのでいいのですが、私には押し付けず、あなたの日々を生きてほしい。

話を戻そう。流行りに乗っていうならば、時を戻そう。久しぶりに外食をした。
我が家は比較的外食する方である。コロナ禍中ということもあり、外食はしなくなったのだが、先日外食をしたのである。

いつもは並んでいることが多い店だが、店内はガラガラ。とても不思議な気分だった。当たり前だが、味は変わっておらず、少ししか経っていないのにとても懐かしく感じた。自分の中でコロナ禍の前にほんの少しだけ戻った様な気持ちになった。

新型コロナウイルスが蔓延しなければ、ライブは開催され、行きたいところに行け、会いたい人に会えた。そんな自由がなくなり、見通しが立たない不安が全世界を覆っている気がする。しかし、弊社はこの影響で臨時休暇がとても増えたし、仕事量も減り、定時退社は相変わらず出来ていないが、残業時間もだいぶ減った。

私は日本でしか働いたことがないので、海外ではどうという話は見聞でしか知らない。きっとどちらにもいい側面とそうじゃない側面があるだろう。
その中で日本に居続ける意味や、外に出る選択を考えていく必要があると感じた。


コロナ禍で、私は思っている以上に音楽を、自分の心の支えにしていたと分かった。
音楽は私が一番救って欲しかった時に、私を救ってくれなかったけれど、それでもまだ支えにしてしまう。

もちろん何かに依存しすぎることは、心の平穏を乱すことになりかねない。でも生きていくのは辛いことが多く、その中で楽しさや面白さを見つけていかないと、大切なものを見つけていかないと、あまりにも生きるのは難しいのだ。少なくとも私にとってはそうだ。

大切な人に幸せに生きてほしい、迷惑をかけたくない。もちろん自分の気持ちは考えるけど、行動に移すけど、その上で大切な人たちの迷惑にはなりたくない。ずっと私はそう思ってきた。でもそれは全部私の基準であって、相手が望むものではなかったのかもしれない。

性格だとか環境だとかタイミングだとか、自分ではどうしようもないことがたくさん起きてしまう人生を私たちは生きている。生きるのをやめたくなる時もあったし、これからもあるだろう。でも、生き続けていれば、楽しいことがあると信じたいし、彼女にもきっと、彼にもきっと、そうであってほしい。
心からそう思って止まないのだ。