朝駆け

日々、感じたことを自由に書きます。

小指が痛い。


5月も半分が過ぎてしまった。つまり、もうすぐ6月になってしまうのだ。5月の今、2020年がほぼ半年終わったのである。

振り返ってみると、「早いなあ」というより、「しっかり経ったな」と感じる。嬉しいこともたくさんあったが、それ以上に負担に感じることが多く、日々を過ごしていくのが億劫だった。終わりの見通しが立たないというのは結構キツイ。そしてライブ参加のために取った休みのシフトと、その日を迎えた時の虚しさを考えるとそれも結構キツイ。


2020年の1月から今までに、新しく始めたり、見直したことはいくつかある。

共済保険と自動積立、積立保険に新しく加入し、サブスクもいくつか解約した。クレジットカードからの支払いを、Kyash VISAカードを通して支払うようになった。インターネットは固定回線からWiMAXへと移行したし(これはまた書く)、少額投資も始めた。(いろんなジャンルの話を書いて、ごちゃごちゃするのが嫌で、投資の話は載せてないんですが、いつか書くかもしれないです。ゆるしてちょ。)

いざ書き出すと一つ一つは小さなことなのだが、なかなか行動に起こせていないことばかりだった。なので、行動できたことに満足している。

私はとても忘れっぽいので、ツイッターやメモアプリを活用して、思い浮かんだことをメモするようにしている。それを確認しても、まだ時期が来ていなかったり、新型コロナウイルスの影響で難しそうなものはあるが、今できそうなものは全て出来ているようだ。いい感じだな。

今日は休みだったが、自宅から一歩も出ていない。とても天気が良く、出かけたい気持ちも生まれたのだが、止めた。サイクリングなどに出かけてもよかったのだが、どうも気持ちが乗らなかった。

緊急事態宣言が解除されたからといって、以前のような生活は難しいのだと予測はしていた。でも少しは希望を持ってしまうし、人間はロマンチストで都合がいい考えを抱きがちなので、私も同様にちょっと期待している部分もあった。しかし行政が発表した案は私にとって、希望がある案ではなかった。それにまた、気分が落ちてしまった。見通しの立たないのはしんどい。

触れる機会がなくなるのはまだいい。しかし、完全になくなってしまったら。また動き出す時のハードルが上がり、2度と生まれないかもしれない。
もちろん命があってこそだ。それはもちろん分かっている。しかし、命がある人間にとって、人生をもっともっと豊かにするものは、彩りを与えてくれるのは、最低限のものではない。それ以上の、生きていく上で不要なものなのだ。

最低限の衣食住があれば生きながらえるだろう。だが私たちは不要なものを大切にし、支えにする。そして誰かと関わり、共に生きていくのだ。

「街を出歩く人手がほとんど戻っている」という話を母に聞いて、なんとも言えない気持ちになった私が、この文章を書いている。出来るだけたくさんのことが、自分が変わって欲しくないことが、変わっていないことを願う。

自分の腕のポワポワ感に驚いた1日だった。

P.S.
どうぶつの森はプレイしたことないが、けけカントリーは良い。